<ボルチモアの光>(別の題名:奇蹟の手/ボルチモアの友情) 

2004年 アメリカ 111分
監督 ジョゼフ・サージェント
脚本 ピーター・シルヴァーマン  ロバート・キャスウェル
撮影 ドナルド・M・モーガン
音楽 クリストファー・ヤング
出演 アルフレッド・ブラロック:アラン・リックマン
   ビビエン・トーマス:モス・デフ
   クララ(ビビエンの妻):ガブリエル・ユニオン
   ウィリアム・トーマス(ビビエンの父):チャールズ・S・ダットン
   Dr.ヘレン・タウシッグ:メアリー・スチュアート・マスターソン
   メアリー(アルフレッドの妻):キーラ・セジウィック

《ブルーベビー症候群》の研究と治療に打ち込んだ白人教授と人種差別を受けながらも、主になって研究に協力した黒人アシスタントの物語を描いたTVドラマ。

1930年ナッシュビル、大工をしながら、テネシーステイト大に入り、医者を目指したいビビエンは、不況で大工をクビになり、知人の紹介でヴァンダービルト大学の医者ブラロックの下に犬小屋と研究室の掃除の為に雇われる。
ブラロック教授のもとで働くうち仕事を認められ、信頼されて医学の仕事も教えて貰えるようになる。
そんな時ビビエンは、大学に行くために7年間貯めていたお金を、銀行の倒産により総て失ってしまう。

1943年、ブラロックは、ビビエンの手伝ったナッシュビルでの仕事(外傷性ショックの研究)の成功から、ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学に外科部長として招かれ、ビビエンも妻を伴ってボルチモアに移ることになる。
着く早々、ブラロック博士は、外科医のヘレンから先天性心臓奇形で、赤血球が酸素と結合せず、肺への動脈閉塞に陥る死亡率100%の難病の治療について相談を受ける。
 
ビビエンはブルーベビーの研究を、忙しいブラロックに代わってブラロックのアイディアを取り入れながら中心的に研究するようになるのだが…。
ある日、ビビエンは技術職をしているにも拘らず、パーティでの下働きをしたり、掃除係3級という身分で、研究員ではないということを掃除係の同僚の言葉から知り、ブラロックに抗議し、ブラロックの奔走により外科技師に昇格する。 
黒人に対する差別の厳しい中でも、ビビエンの熱心さに惹かれ協力をする、白人のドクターも出てきて、ビビエンは戸惑いながらも熱心に研究に取り組んでいくのだった。
その後、犬での手術で、成功するビビエン。
ビビエンの手術の助手を教授がしていると、皆が覗きに来て騒ぎになったりもした。

《ブルーベビー症候群》の少女の手術で、世界初の心臓手術にブラロックのグループが成功、ビビエンが立会い、ビビエンの指示で手術をしたにも拘らず、ブラロックのグループのメンバーにも、感謝の言葉の中にも、ビビエンの名前は含まれて居なかった。
このことにショックを受けたビビエンは職を辞し、黒人にチャンスを与えることで知られる州立モーガン大に、医学部に進学したいから、テストを受けて卒業証書を貰いたいと懇願するが、受け入れてもらえず、やむなく薬品のセールスや、自分の作った医療機器のセールスに回る。
セールスの仕事をしている時、トーマスの功績を知っている人に出会ったことから、感謝はなくても、もう一度没頭できる仕事に就きたいと考え、ブラロックのもとを訪ね、“好きなのは教授ではなく、研究”と言って、もう一度ホプキンスで仕事をさせてもらう。

1964年、若いドクターに手術の指導をしているビビエンの所にブラロックが訪ねて来て、一頻り昔話や現況を話し合って別れる。
そしてまもなく、ヘレンから連絡が入り、ブラロック教授が亡くなったことを知らされる。
その後、ビビエン・トーマスは、ジョンズ・ホプキンス大学評議委員会から、功績に対し、名誉博士号を授与され、ヘレン・タウシッグ博士から渡されることになる。

どういう内容か全然知らず、ただボルチモアという題に惹かれ、知っている場所が出てこないかという好奇心だけで、見始めたのに、医大で学ぶこともなく、医学の既成概念を根本から変えるような偉大な仕事を成し遂げた、ビビエン・トーマス(1910-1985)という人物と、この物語はビビエンに焦点を絞っていたのでちょっと損をしてしまった、アルフレッド・ブラロック(1899-1964)という人物のことを知ることが出来て楽しかったです。
実際に研究したのがビビエンだとしても、様々な角度からビビエンにヒントを与えたり、ビビエンの能力を引き出したのはやっぱりブラロック教授が居てこそなのでしょうし、生まれた時から感覚として植えつけられてしまったことは、総てを変えようとしても無理なのだと思います。
病院の入り口にある大きなキリスト像、様々な功績のある偉人の肖像画、病院の周りの風景も懐かしい思いがしました。
肖像画の中に、この二人のものもあったのですね。
トイレは、この時代は白人用とカラード用に別れているようですが、わたし達はカラーの方を使うのかしら?などと考えてしまいました。
“もう一度没頭できる仕事に就きたい”と思って、ブラロック教授の所に相談に行った時、わたしはとても悲しかったけど、勇気のあることだと感心しました。
人が如何思おうと、自分の道を進むことの大切さを改めて考えさせられ、勇気を与えてくれる映画でした。
B A
ジョンズ・ホプキンス病院


<ルーズベルト 大統領の保養地>

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この記事へのコメント

jazzyoba0083
2006年03月12日 09:29
楽蜻庵さん、TB有難うございます。ジョンズ・ホプキンズ大学を
懐かしい・・とおっしゃるということは?この映画は、とても
良い映画でした。というより教育映画って感じかな。これからも
よろしくお願いします。
みのり
2006年03月13日 15:44
jazzyoba0083さん、こちらこそありがとうございます。
随分以前の感想文なので、TBを戴いたことに驚いています。
パートナーの仕事の関係で、ジョンズ・ホプキンス大学にはよく遊びに行きました。
友人とダウンタウンでお買い物をしたり、食事をする時の待ち合わせも病院が一番安全そうなのでキリスト像の前だったりでした。
2006年08月11日 08:47
TB&コメントありがとうございます。
大分前に放送されていたのですね。
舞台になった場所にも訪れていたのでしたら、
なおの事楽しめたことでしょう。
私は大学があること自体知りませんでした(^^;)
30年代から変わらずにあるのかしら?
素敵な所ですね♪
みのり
2006年08月11日 11:18
ジョンズ・ホプキンス大学は、医学部が有名のようですよ。 TVドラマの中などで、詳しい医学的な問い合わせをする時など、字幕ではジョンズ・ホプキンス大学って言ってないけど、言葉でジョンズ・ホプキンスに問い合わせてるとかって聞こえてくることがよくあります。
tombo
2007年07月18日 20:29
ジョンズ・ホプキンス大学の医学部の創設に関わったのはウイリアム・オスラー博士(1849-1919)、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さん(1911年生まれ)が心の師としているお医者さんです。
みのり
2007年07月25日 03:18
tomboさん、日野原重明さんは以前何度かテレビで拝見したことがありますが、なかなか気さくそうな方ですね。 ウイリアム・オスラーという方は、有名な方なのでしょうが知りませんでした。

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